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12月20日 籾すり

 あわただしい師走の日々が続くが、静謐な日々でもある。

 20日、はまのさんの車に籾を載せて、隣町のカンさん宅に。
 カンさんは、籾すり機スタンバイ状態で待っていてくれた。
 
 今年ののんぼ田の収穫は、籾状態で
  綾紫  76.5キロ
  赤米  50.1キロ
  緑米  16.9キロ
  黄米   4.1キロ
  hh米 15.8キロ
 総計 163.4㌔
 であった。
 
 南田の綾紫はイノシシが食べてしまって収穫なしになってしまったが、それを含めれば200キロ弱か。

 綾紫は、半分は籾状態で保存することにして、あとはみな玄米にした。
 綾紫の一部は、お餅つきで使うために、さらに精米した。

 20101220ayamu.jpg
▲餅つき用に精米した綾紫

 今年資金を出し合って購入した籾すり機は、中古の中古という感じだが、カンさんの愛情あふれる管理で、機嫌良く動いてくれる。

 綾紫は、例年は粒全体が濃紫色できらきら輝いているのだが、今年はすこしこげ茶色が浮き出ているものもあった。気候のせいなんだろうか。

 機械一回通しでは籾が残るので、すべて二回通し。それでもわずかに籾が残るのだが、それは洗米のときに流してもらおうということに。

 しかし、これで籾すりも一応カンさんとの協力体制でできることになり、来年はあまりやきもきしなくても済むことが判り、ほっとする。

 お米はほとんどが友人たちへの配布となるが、草刈りのガソリン代と電柵のための積立て分は、どこかで?現金化したいなとおもってはいるが、どうなることやら。
 
  ○

 あわただしく、睡眠時間も少なくなるような忙しない日々だが、そのくせ静謐な毎日だ。
 
 先日は早朝に電話があり、つれあいが亡くなったので葬式をしてくれとの依頼があった。
 葬儀はいつも急なものだが、準備をおえて翌朝の新幹線でかけつけ、告別式から野辺送りまでを執行させてもらった。
 故人は生前何度か会ったこともある高齢の御婦人。「しぬび」という祭文作文のために生い立ちなどもすこしだけだが、取材した。
 死は収穫でもあろう。それぞれの人生の収穫をもって他界に去ってゆくものだ。

 玄米から更に精米をしている時は、葬儀で祭文を唱えているときと似た澄んだ静かな思いが湧くものだ。
 種から育て、それなりに情愛を注いで育てた米が、いまその種というこの世で輪廻する命を削がれて、他界にゆく。
 その他界では、人間(小生ら)が喜んで待ち、その命を迎え入れる…。

 
 数量はそれなりだが、思いはいろいろ豊かだった今年の稲作だった。
 さっそくに炊いた新米を食べる。
 味のみでなく、感動も深いものだ。
 帰る前に、カンさんの畑を見させてもらった。春へのいのちが育ち始めていた。

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11月9日 お目見え

 すりこぎと瓶で、4時間もかけて籾摺りされたお米の写真を、おがきさんから送ってもらった。
 先日脱穀した、今年初登場の「のんぼ5色米」。

20101109gosikimai.jpg


 すてきな文章も一緒に送られてきた。

「昨日2時間、今日も2時間くらいやっていましたが、ようやく大さじ3杯くらい…。
 一粒一粒手でつまんでいるからでしょう。でもこれが結構楽しくて、終わりにするタイミングが見つからないのですよね。しかも何より色が美しい。小さな小さな世界に入り込んでいる自分が居るのですよね。

 外側はこげ茶色でも中はうすーい緑色。外は生成色(きなりいろ)なのに中から細長い濃い紫色。時々オレンジ色が出てくるとそれだけで嬉しい。
 なんか色があるってことはそれだけで嬉しいものなんですね。それを鎌倉時代の常滑焼の小皿に載せたら物凄く絵になる…!

 昔の人はどのようにして籾摺りをしていたのだろう?きっとこれだけ大変だったってことは、人生食べることだけで費やされていてもそれでよかったんだろう。そしてその作って食べるという行為の中に喜びも沢山つまっていたのかもしれないなぁ…なんて考えていました。

 そして籾摺りを一旦中断して近所のスーパーに出かけたら、食材が溢れていてなんだか眩暈起こしそうに…。外からみると便利と不便利の間はちょっとの差しか感じられないかもしれないけれど、その中に無数の喜びと美が詰まっているような気がして。(後略)」
 
 今度籾摺りを一緒にするカンさんも隣町から様子をみにきてくれた。
 なんだかうれしい思いになって、このブログをアップした。

11月7日 脱穀終わる

 あちこちうろうろと遊んだ。

 4日夜は、東京では友人たちにも会い、北区つかこうへい劇団の『飛龍伝』を見た。
 主役神林美智子を友人の高野愛さんが演じきった。

 2時間半、つかこうへい劇の特色でもあるが、怒濤のような光、音、言葉。騒がしい限りとはいえ、まことに静謐な世界へと開かれていた。
 60年安保で亡くなった樺美智子さんがモデルなのだろうが、神林美智子は機動隊隊長と恋愛し子どもまで産みながら、互いの大義意識のなかで右左に分かれ、万感の思いのなかで自滅してゆくという展開。

 団塊世代へのレクイエムの感だ。建前と本音、イデオロギーと情念、意識の分裂を己の意識であがき乗り越えようとするものの、結局は自縄自縛で、自壊、破滅してゆく。
 宇宙的な場に開かれ安堵することなきままに、自意識で突きすすむことを生きている思ってきた団塊の世代へのレクイエム。
  
 5日は富士山麓の友人宅で、一年前になくなった知人の霊祭。神山・富士の麓にいるという意識だけで、ほかはなにもないような一日だった。夜遅くまでゆっくり過ごした。
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 6日は静岡で40代の友人ミュージシャンのコンサートに。
 団塊世代の意識とは違った世界である。自意識に束縛されることなく、宇宙や他者との場のなかで生きてゆくことを歌い上げる。
 彼らの方が、団塊世代よりも確実に進化しているのではないか…。
 
 旅先に友人から電話があり、知人宅のハーベスターを貸して貰う話となってしまった。
 一安心するやら、それでいいのかと反省するやら、複雑な思いで帰路に。
 
 体力的にも時間的にも足踏み脱穀機は大変である。
 特に今回は、作業できる人数があまりないことが予測された。
 脱穀はあまり先延ばしにもできない。
 ハーベスターを借りられれば、あまり人数もいらないし、短時間で済む。
 
 7日は、まず、にしのさんの軽トラでハーベスターを借りに車を馳せてもらう。
 11時に田んぼに帰る。
 おおにしさんがやってきて待っていてくれた。
 自走式のハーベスターを稲木横につけて、さあ開始というタイミングでおがきさんが参加。
 にしのさん、小生と4名。
 これでは足踏み脱穀などやっていたら夜になってしまう。

 しかるに、今回は機械の活躍で、一時間もかからずに脱穀は終わってしまった。
 複雑な万感ありである。
 不耕起、無農薬、有機自然農法はいえても、無機械農業とはいえない。
 農という場で人間の身体と心を解放したいとか、どこかでそんなことを考えているものだから、複雑な万感になるのだろう…。

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 おりから集落の秋の集まりで、接待のうどん、おもちを頂き一休みして、ハーベスターを返しに。
 往復の道、にしのさんといろいろ話ができた。帰路、夕陽が美しかった。

 脱穀は終わった。籾米の収量はまだ計測していない。
 次の峠は、籾摺りだ。
 瓶のなかにいれて棒でつついて籾摺りするわけにもゆかず、これも機械をつかうことになる…。
 食べられる米になるまで、いろいろ思わされるものだ。

10月20日 稲刈り楽し

 20日、一反ほどの田んぼに17名での稲刈りをした。
 
 天気も降らず照らず、暑からず寒からず。 

 おしゃべりをしながら、各自の思い思いのペースで、刈ったり、束ねたり、運んだりしているうちに、仕事がはかどってゆく。
 トラクターなら20分ほどで素っ気なく終わることだろうが、味気ないことだと思う。
 天国では労働そのものが喜びだというが、今日の労働はその世界に通うものだった。手作業で米を育て収穫することは、贅沢な世界になってしまったのだろう。
 
 朝9時ころから始め、途中ゆっくり休みもいれ、12時半には終わった。
 効率や結果のみ求める発想ではなく、プロセスのなかのいのちの世界を楽しむ発想は、のんぼに哲学があるならば、その最重要テーマとなるだろう。
 
 今回は田んぼ脇の農道にブルーシートを敷いて宴会。もちよりのごちそうが並ぶ。
 例の丹波特産、今年も。
 まことに贅沢な稲刈りだった。 

 稲木で二週間ほども乾燥させ、つぎは脱穀作業になる。
 

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 今年もまた。

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10月14日 稲のヒコバエをイノシシは食べるか?

 明日から19日まで旅に。稲刈りまで帰れないので、南田のイノシシ防除の点滅ランプの乾電池を替える。
 北田では、電柵に伸びてくる草が触れないように、電線下の草を刈っていった。
 何回か誤って電線にふれた。かなりの重い衝撃が走る。あれではイノシシもかなわんだろう。
 
 先日の新聞にあった「有害獣の被害対策」の話、話者は井上雅央さんという方で、ネット上にも井上さんの同じような話がアップされていた。http://blog.goo.ne.jp/miwayama-no-fumotode/e/b102f8520b15dac186547acb91d68064
 
 隣の田は、9月はじめの稲刈りであったが、今はヒコバエが生えて、初冬には二度目の稲刈りができそうな感じである。付近の田んぼはみな同様であるが、イノシシたち、そちらも食べるのだろうか。

▼電柵下の草刈り。左の田は9月はじめに稲刈り済み。ヒコバエの稲がわずかとはいえ実り始めている。
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さんぺい

Author:さんぺい
 毎日2時間ほど田畑にゆきたいな…

 不耕起水田で多品種の稲を育てていますが、機械なし、人力のみで、どこまで稲作ができるかの実験中でもあります。

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