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脱穀終了

 おかげさまで脱穀が終了した。

 雨天曇天が続いていたが、8日は天気にも恵まれる。朝から陽差しがあり、風も適度に吹いていた。
 10時半、はまのさんの車にのせてもらい田んぼに。
 11時すぎかと思っていたら、すでにカンさんとキタダさんが到着されていた。

 カンさんが軽トラに積んで運んでくれたハーベスター、中古とはいえ元気に動いてくれ、12時すぎには完了。
 近所のたなかさんからはカステラの差し入れも。
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▲ハッピーヒル種
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 昼ご飯にはまのさんがお鍋の材料を用意しているとのこと。
 夕方隣町での脱原発の集会に誘うと、みなで行こうとの話になり、それでは…と、隣町のカンさん宅を会場にお鍋に。
 脱穀した籾も、籾摺りのためにカンさん宅に搬入する。
 
 キムチ鍋、大人数になると奉行も大変だが、4人だと気楽なものだ。
 ゆっくりと美味しい味をたのしんだ。

 一息入れて脱原発の会場に。有機農などの知り合いも多い。宮田雪さんの『ホピの予言』を久しぶりに見る。宮田夫人とは二月以来。お元気そうでよかった。
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脱穀作業案内

 稲木に干しています稲穂の脱穀、11月8日(火曜日)昼前から行います。
 立冬の日です。
 もう冬に入るのですね…。
 
 現在小生をいれて4人参加予定で、労働力は十分大丈夫と思っていますが、多いほど賑やかで楽ですので、ご参加いただける方はよろしくお願いいたします。
 ご連絡まで。

カンさん宅での収穫祭

 10月30日、日曜日、秋らしい小雨の一日。
 朝10時ころに隣町のカンさん宅に。
 
 昼食時の宴会?開始まで時間もあるので、長靴を借りてムカゴを採りに裏山に入った。
 獣害防止のために山と里の境界線にはフェンスが延々と設置してある。最近はそれが当たり前のようになってしまった。

 トタン板を渡した入り口を見つけイノシシや鹿、熊もいるだろうエリアに入ると、なにか緊張感もあるが、ホッとした雰囲気もある。

 ある程度のムカゴを収穫しての帰路、山の方へ向かう道があり、気になって少し登ってみると、遠いところに墓が見えた。今は無住寺であるが、この地域の地名を「徳善寺」といっているように、昔は大きな伽藍や寺院群があったのだろう。お寺の歴代の住職の墓と察し遠くから挨拶し、なんだかいい気配なので写真を撮った。20111030haka.jpg
 獣害防止のフェンスでの結界だが、人害防止の俗世を離れた自然界に墓処があるのもいいものだと思う。

 広くはないカンさん宅に、老若男女21名も集まっての収穫祭。
 おでん、新鮮な野菜類、黒豆の枝豆、新米、お酒各種…、あれこれいただき、腹ごなし?にニンジンの間引きにくり出したり。

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 畑からの帰路、50代の見知らぬ男性がいて、お寺の墓地を捜しているとのこと。朝、墓地らしきものを見かけていたので、何かの縁だろうと案内する。
 予測通りに寺の住職たちの墓処であった。
 男性は古い宝篋印塔などを尋ねては記録しているマニアらしく、墓所に着くなり「これは鎌倉時代、こっちは室町期」などとの説明をしながらの写真撮影。あちこちお寺を巡っている雰囲気。また出会いそうな気がしますねと別れる。

 カンさん宅の宴席に戻って隣の席のタシロさんに宝篋印塔の話をしたら、彼は考古学の専門家、「案内して」とのことで、この日三度目のお墓詣りとなった。

 何度も徳善寺の地に来てはいても、無住で鍵の閉まっているお寺の階(きざはし)でのんびりすることは多くても、墓所の場所も知らずにもう何年も過ぎていた。
 偶然に見つけた墓所にこの日だけで三度もゆき、マニア氏や、さらに詳しいタシロさんの解説を聞かせてもらい、周囲の地形解説からの境内の広がりも推測され、鎌倉時代の昔からこの地にはいろんな思いが積み重なって来ているのだな…と思わされる。
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 田んぼや畑に立っていると、土や植物以外にはなにもないわけで、時代を超えるというのか、昔から変わらない人の営みの世界に立ち返ってゆくものだ。
 カンさんが、援農の友人たちと耕している田畑を、昔はお寺の坊さんやら百姓さんも耕していたのだろう。

 にしのさん持参のマツタケの吸い物が収穫祭の最後に。昔の人たちも一緒に飲んでいるような思いになり、それもいいかと思う。21人プラス何百人かの収穫祭だったのかもしれないと一人妄想していた。
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「奇蹟」的な稲刈り

 秋の空は変わりやすい。
 
 今日(23日)は、朝9時から河川敷で開かれていたコスモス祭りに。半日をテントの下で過ごした。
 朝はピカピカの青空だったのが、いつの間にか厚い黒雲が全天にかかって雨が落ち、またもや太陽が顔を出したかと思えば半時間も経たないうちに篠突く雨。天気予報もあまり当たらない秋の空である。雨の上がった町を自転車で帰路に。
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 会場ではコスモスが何度も雨に洗われ、陽光に輝き、きれいだった。


 昨日(22日)も不思議な天気だった。
 天気予報からは、稲刈りは小雨の中と覚悟していた。
 小生は朝8時すぎから田んぼに。雨は落ちないものの、いつまで持つかな…という思い。
 10時前後に稲刈りに参加される皆さんが集まり、午後1時半過ぎまで、雨に降られることはなかった。二度ほどの小雨は挨拶のような雨ですぐに止んだ。
 昼すぎには雲間から田んぼに光が降り注ぎ、祝福された稲刈りだったのだろうと感謝の思い。

 長老のにしのさんも、この日は村役でのんぼの稲刈りには参加できないと残念に思っておられたら、雨ということで村の作業は中止となり、雨なしののんぼの稲刈りに参加でき、雨のこともあわせて「奇蹟のようだ」と喜んでくださる。
 
 参加してくださる方も予想以上。にしのさん、はまのさん、おおつきさん、くごさん、かんさん、きたださん、じょんぱるさん、たけのさん、ふじわらさん、さちこさん、はらさん夫妻、にしやまさん、かとうさん、きたさん、せきたさん夫妻、小生の18名。行きたいけど都合がつかないとの連絡も数名の方からいただく。
 
 赤米、黒米、ハッピーヒル、黄米、緑米、綾紫、いろいろ米(50種混植米)と多品種で、稲刈りも稲木掛けも、手間を沢山に掛けることになったが、昼ご飯前にみな完了。まさに「奇蹟」を見るような思い。感謝多謝。

 今年の収穫は、にしのさんからも、じょんぱるさんからも、昨年以上の収穫だと言ってもらう。稲達のがんばりだ。
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 コミセンで昼食会を始めるころ、戸外は雨に。皆での持ち寄りのごちそうで満腹に。

 ほんとに不思議で「奇蹟」のような天候だったし、奇蹟のような「のんぼ」の集まりだと思った。

万次郎収穫

 昼ご飯を早めに済ませ田んぼに。
 明日の稲刈りを前にして、稲木の準備がメイン作業。

 万次郎カボチャの畑に稲木をつくるために、先ずはカボチャの収穫。
 草むらのなかに這うカボチャのツルを引っ張ると、網にかかった魚のように、カボチャが姿を現す。
 宮津から来てくれたフジモトさんと歓声を上げながら作業。20個もあればいいかと思っていたが、結果的には85個ほどあった。
 
 いままで25個ほど収穫していたので、総計三株で110個。おおよそ一株36個。一株で100個はなるというが、今年もその半数にも届かなかった。それにしても、沢山の収穫。
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 はまのさん、にしやまさん夫妻、舞鶴からふじわらさん、計6名となれば稲木の組み立ても楽勝である。
 午後は曇り時々小雨との予報も見事にはずれ、お天気に恵まれる。
 明日の稲刈り(昼前)は小雨との予報だが、外れて欲しいな…。

 一帯の田んぼを鉄柵で囲む作業が地元の人達で進められている。
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さんぺい

Author:さんぺい
 毎日2時間ほど田畑にゆきたいな…

 不耕起水田で多品種の稲を育てていますが、機械なし、人力のみで、どこまで稲作ができるかの実験中でもあります。

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