FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

地下世界 5月9日

 草を根から抜くことは原則しないことにしている。

 地上部を刈ることが基本で、水田も畑も、草たちの根から傷めることはしたくない。
 そんな不耕起が原則だ。
 田植え後の水田の草取りは、コナギやら根から抜くことも多いが、それは根をちゃんと張る前の段階だ。
 
 根の世界、地下の世界を大事にしたいという、あまり自分でも理屈がよくわからない思いがある。
 理屈をつけてゆくと、なんだろうか?
 
 人には目には見えない世界があるものだ。形を通してその人の根っこにあるものが分かる感じになる。
 しかし、当人にも分かっていない地下部分であるし、陽光の射さない影の世界である。
 地上部を人間の「体」とすれば、地下部は人間の「霊」的世界だろうか。

 霊あっての体であり人間であるが、植物も根っこがあっての地上部である。
 根っこを大事にすることが、人を大事にすることだろうし、草たちに対しても同じであろうと思う。
 どのような人にも存在する意味があるのなら、草たちも同じだろう。

 
 昨日から万次郎南瓜の苗を植えるために、堆肥などを鋤き込み二㍍四方の畝をつくっている。例外的に繁茂しているイグサ系の草を根っこから掘り出した。

 スコップやら鍬をつかって、根を抜くのはかなり大変だ。気分的にもおもしろくない。
 掘り出した根をみていると、なんで掘り出したのか…というような、ものすごい草の念を感じる。

 20110509.jpg

 動植物の遺骸でできた土に、根をはって生きている。
 さきに死んだ先祖たちの世界に根をしっかりと張っているわけだ。地上光のこない内的世界だが、別種の内的光というのか、内的活動力がある。地上部の体力とつりあう霊的な力といおうか。
 
 根っこまで掘り返して草を絶やし、草一本ない土だけの畑もすっきりとしていいものかもしれないが、あまり理屈はないのだが、草が繁茂している畑は、なんだか霊的にも賑やかな感じもするものだ。

 それにしても、あまり繁茂されても困るので、栽培するものを応援するために、草たちの根はそのままに、地上部だけを切ってゆく。
 
 それもしかし不要なことかもしれない。

 草に負けないで根を張るような、そんな強い霊性(根)をもった野菜があってほしいものだ。食べられる野草もあるから、彼らを「野菜」といったらいいし、野草のなかで平気で育つ野菜が、これから多種登場してほしいものだ。福岡正信さんの本などを見ると、それも現実にあるわけで、万次郎南瓜も雑草畑のなかで育つようでなければアカンのと違うか…と思ったり。ある程度大きくなると、雑草のなかに南瓜がごろごろするようにはなるのだが…。

 今年も二㍍四方くらいの畝をつくっての栽培をするが、如上のごとく、なにかスッキリしない。
 
スポンサーサイト

comment

管理者にだけメッセージを送る

カレンダー
02 | 2019/03 | 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
プロフィール

さんぺい

Author:さんぺい
 毎日2時間ほど田畑にゆきたいな…

 不耕起水田で多品種の稲を育てていますが、機械なし、人力のみで、どこまで稲作ができるかの実験中でもあります。

最近の記事
月別アーカイブ
ブログ内検索
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。