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カンさん宅での収穫祭

 10月30日、日曜日、秋らしい小雨の一日。
 朝10時ころに隣町のカンさん宅に。
 
 昼食時の宴会?開始まで時間もあるので、長靴を借りてムカゴを採りに裏山に入った。
 獣害防止のために山と里の境界線にはフェンスが延々と設置してある。最近はそれが当たり前のようになってしまった。

 トタン板を渡した入り口を見つけイノシシや鹿、熊もいるだろうエリアに入ると、なにか緊張感もあるが、ホッとした雰囲気もある。

 ある程度のムカゴを収穫しての帰路、山の方へ向かう道があり、気になって少し登ってみると、遠いところに墓が見えた。今は無住寺であるが、この地域の地名を「徳善寺」といっているように、昔は大きな伽藍や寺院群があったのだろう。お寺の歴代の住職の墓と察し遠くから挨拶し、なんだかいい気配なので写真を撮った。20111030haka.jpg
 獣害防止のフェンスでの結界だが、人害防止の俗世を離れた自然界に墓処があるのもいいものだと思う。

 広くはないカンさん宅に、老若男女21名も集まっての収穫祭。
 おでん、新鮮な野菜類、黒豆の枝豆、新米、お酒各種…、あれこれいただき、腹ごなし?にニンジンの間引きにくり出したり。

20111030mabiki.jpg

 畑からの帰路、50代の見知らぬ男性がいて、お寺の墓地を捜しているとのこと。朝、墓地らしきものを見かけていたので、何かの縁だろうと案内する。
 予測通りに寺の住職たちの墓処であった。
 男性は古い宝篋印塔などを尋ねては記録しているマニアらしく、墓所に着くなり「これは鎌倉時代、こっちは室町期」などとの説明をしながらの写真撮影。あちこちお寺を巡っている雰囲気。また出会いそうな気がしますねと別れる。

 カンさん宅の宴席に戻って隣の席のタシロさんに宝篋印塔の話をしたら、彼は考古学の専門家、「案内して」とのことで、この日三度目のお墓詣りとなった。

 何度も徳善寺の地に来てはいても、無住で鍵の閉まっているお寺の階(きざはし)でのんびりすることは多くても、墓所の場所も知らずにもう何年も過ぎていた。
 偶然に見つけた墓所にこの日だけで三度もゆき、マニア氏や、さらに詳しいタシロさんの解説を聞かせてもらい、周囲の地形解説からの境内の広がりも推測され、鎌倉時代の昔からこの地にはいろんな思いが積み重なって来ているのだな…と思わされる。
20111030otera.jpg

 田んぼや畑に立っていると、土や植物以外にはなにもないわけで、時代を超えるというのか、昔から変わらない人の営みの世界に立ち返ってゆくものだ。
 カンさんが、援農の友人たちと耕している田畑を、昔はお寺の坊さんやら百姓さんも耕していたのだろう。

 にしのさん持参のマツタケの吸い物が収穫祭の最後に。昔の人たちも一緒に飲んでいるような思いになり、それもいいかと思う。21人プラス何百人かの収穫祭だったのかもしれないと一人妄想していた。
20111030matutake.jpg

20111030matutake2.jpg
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Author:さんぺい
 毎日2時間ほど田畑にゆきたいな…

 不耕起水田で多品種の稲を育てていますが、機械なし、人力のみで、どこまで稲作ができるかの実験中でもあります。

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