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しんどいが懐かしい・・

 先の土曜日、町の郊外にある坂尾呂神社の総代・桜井さんから一冊の冊子を貰った。
 sakaorojinnja.jpg
 
 坂尾呂神社は好きな神社で、何回かそれまでにも出掛けていた。
 その神社付近には、現在計14基の古墳が確認されている。
 境内地にも直径7メートルほどの円墳が5基ほど残っていて、古代からの息吹が伝わって来る。
 神社の祭神は素盞嗚尊。
 400年以上もの神木の杉の大樹があり、社殿も222年を経過している。
 古代から開けた祭祀場であったようだ。

 神社の背景になだらかに続く山々、その頂点にあるのが「シデの山」。731㍍にもなり、日本海も見えるという。集落の背後、懐深く鎮座される恵みの山、いはば神体山であったのだろう。シデ山という名称は、この山にもあるシデ(椣)という木に由来しているのだろうが、神社で使うシデ(紙垂)とも相通う。
 sidenoyama001.jpg
 ▲冊子表紙写真から

 麓から山頂近くまで平成3年、20年ほど前に林道が通じた。
 しかしかえって山が荒れてしまったらしい。
 便利になることによって荒れることもあるものだ。
 
 冊子によると、林道開通以前は、シデ山はカヤの山だったとのこと。
 カヤ葺き屋根につかうカヤを、集落あげて栽培していた山だったということだ。
 40年ほど前までは、カヤ刈りに集落あげて取り組み、カヤは集落各家の屋根材ともなり、他所に販売しては集落の現金収入にもなっていた。
 sidenoyama004.jpg
 sidenoyama005.jpg
 山頂から集落が望めた。昭和38年

 集落皆で登山しては山焼きも行い、春には山菜採りを楽しんだ。
 桜井さんから頂いた冊子は、昭和30年代、カヤ刈りをしていた頃の写真や思い出を記録した貴重な冊子であった。

 村役として各家から動員されての山行きで、大変だったと思う。刈り取ったカヤを男は天秤棒で、女は背丈が隠れるほどに背負って、急な坂道を一時間以上も下ったという。
 しかし冊子に書き綴られた集落の人たちの思い出は、懐かしさに溢れていたものだ。
 sidenoyama003.jpg

 以前、山頂近くまで車道を上ったことがあるが、いまは以前のカヤ場にも木々が生い茂っていて、昔を思うよすがもなかった。

 のんぼの田んぼは、確かに昔風だ。
 機械を駆使しての便利な農業ではない。しんどいことも多いが、懐かしさも同じほど頂く。

 明日は脱穀。隣町からハーベスターを運んでもらう。足踏み脱穀のしんどさもいいものだが、とにかく明日脱穀できることは嬉しい。
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Author:さんぺい
 毎日2時間ほど田畑にゆきたいな…

 不耕起水田で多品種の稲を育てていますが、機械なし、人力のみで、どこまで稲作ができるかの実験中でもあります。

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