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7月11日 魔法使いの箒

 夕方は田にはゆかず庭掃除。雨が降るかとおもったからだが、降らなかった。
 繁茂した庭木の枝を切り、袋詰めに。結構な量になる。
 数日後「掃除」ということについて、とある場所で話をすることになっているが、考えていると、それなりに面白い。
 魔法使いが箒に乗るのは、魔法というものが「掃除」という営為に関わるからだろう。
 魔法とはいえ、法である。法とはものの順序。その順序を整えようとするところに「掃除」がある。魔法使いは、真法使いということもあるものだ。なにが「真」か「魔」か分からないものだ。

 神道の大幣も、ハタキに似ているし、大幣を振ることで霊魂レベルの塵を払うことになるわけだから、これも「掃除」である。「息吹に払う」「言霊で清める」は、掃除機の逆噴射のようなものだし、掃除機は、宇宙一切を最終処理するブラックホールのようなものだ。
 
 庭木を切り、草を抜きながら、私は私の「法」を、自由に繁茂している植物たちに押しつける営みをしている。自然には自然の「法」があるだろうが、人間には人間の「法」がある。「掃除」をすると気持がいいが、その気持ちよさというのは何なのだろうと思う。

 自然のすごさは、リサイクルシステムが完璧なことだろう。人間のやる掃除は、自然のリサイクルシステムがあるから、可能となるものだ。
 核廃棄物などややこしいゴミを人間は作ってしまう。ドラムカンやらガラスケースやらにつめ、地下深くに埋蔵するなど、それなりに「掃除」したつもりであろうが、部屋のゴミを押し入れに押し込んだような掃除である。いづれあふれ出してしまうものだ。
 
 掃除機も、世界で幾億も台数があるだろう。腐敗しないから、埋蔵するだけだ。なかなか自然には帰らない。
 昔の箒などは、自然に帰るのも早く、ゴミにも成らなかったのだが、掃除機は自らがゴミになり、なにを掃除しているのか、自己矛盾になってしまう。

 宗教者も、社会の掃除人であれと思うが、なかなか腐らない、自然に帰ってゆかない連中が多い。お金を吸い込む掃除機のようにもなっている。

 とりとめもないことを思いながら、庭掃除をしていた。
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さんぺい

Author:さんぺい
 毎日2時間ほど田畑にゆきたいな…

 不耕起水田で多品種の稲を育てていますが、機械なし、人力のみで、どこまで稲作ができるかの実験中でもあります。

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