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7月13日 14日 梅雨空の日々

 雨がよく降る。それも「ゲリラ豪雨」という雨。ラ抜きの「ゲリ雨」のような時もある。空のお腹が壊れているのか…。
 
 13日は夕方はやくから飲み会。小雨のなかを近所のお仲間とくり出す。騒音的歓談ですぐには気がつかなかったが、外は篠突く雨。しかしゲリラらしく短期間で終熄し、小雨のなかを帰宅。
 日本各地でかなりの被害がでていた。
「地球温暖化のせいだ」だけで片付けるのはなにも言ったことにならないが、あれこれの人為のせいで天候がおかしくなっているのは事実だろう。どんな人為があるのか、どんな人の思いが原因か、とりとめもないけど、考えたくなる。
 
 14日は小雨。夕方4時に外出先から帰り、田んぼへ行こうかと思ったが、小雨続きやら、他の仕事に追われてゆけず。北田の残りの草取りが気に掛かる。
 
 口蹄疫問題で宮崎県知事と国の農水大臣とが真っ向から対立している。「殺すな」と「殺せ」の対立ではある。それだけなら[殺すな」の東国原知事の方に立ちたくもなるが、しかしこの「殺すな」「殺せ」は同じ地平の論であり、いづれにしても虚しさが先行する。
 霜降りかなにか知らないが、食べるためだけの美味い肉をもった牛が生産され、殺される。牛は肉であり、牛ではない。その時点で牛は死んでいるのではないか…。牛とは一体なんなのだ。
 と書きつつ、同じ論理を使うと、稲も牛も同じになる。
 稲も食糧であり、稲ではないのではないか…と。稲は言うだろう、私達は一体なんなのだと。

 小学生たちが育てていたゴーヤが大きくなりはじめていた。「大きくなっているよ」と喜んでいる子ども達は、学校で育ったゴーヤを給食で食べて、ゴーヤと一体化するような思いを少しは持つことだろう。彼らの喜んでいる様子から、そうなるかも…と予測したくなるものだ。
 私も、育てている稲を収穫し食べるときは、あの田んぼで育った米と一体化する思いになるだろう。
 畜産農家の人達は、育てて出荷する牛、そこから得たお金で買った食べ物のなかに、育てた牛への思いを重ねることもあるだろう。
 食べることで共にいるとの思いは、深いところであるものだ。

 13日の夜はホルモン焼がメインであった。宴会風のその場の雰囲気を楽しむばかりに、共にいる牛のことも、口蹄疫行政の対立のことも思うことはなかった。

 とりとめもないことだが、とりとめもない場に身をさらしたくなるような梅雨空の日々だ。
 
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Author:さんぺい
 毎日2時間ほど田畑にゆきたいな…

 不耕起水田で多品種の稲を育てていますが、機械なし、人力のみで、どこまで稲作ができるかの実験中でもあります。

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