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9月22日 自然への祈り

 夜は仲秋の名月を楽しみにしていたが、雨になった。
 昼は30℃を超え、湿度も高く、夕方は激しい雷雨。
 
 昨夕は二時間ほど南田、北田と出掛け、やはり草刈りをした。

 草刈機を肩に南田にゆくと、近所のおばあちゃんが、「稲刈りはいつころです?」と話かけてこられる。「来月10日すぎですかね。古代米系のこの稲はいつもその時期なんです」と答えながら、「いつも草ボウボウですみませんね」と口から言葉がでてしまって、その言葉が気になりながら、道沿い、川沿いの畦や斜面の草を、大トラ刈りで刈っていった。まあ一応草を刈ってはいる…という感じか。

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▼黄米 背高のっぽ。分けつは少ない。
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▼ハッピーヒル ビッチリの生命
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▼緑米 きれいな色だ。
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 北田でも、保育園の園児たちが散歩する道の草を刈り取っていった。スッキリとして気持がいいのだが、いつものことながら、この気持よさは何だろうと気になっている。

 雑草繁茂するのが自然な自然とは違うことをやって、スッキリしたと思っているわけで、農業はやはり人為の美意識のなかで行われるものなのだろう。
 農業も人事であるが、しかし都会的人事とは異なるものだ。深い縁を天然自然と結びつつ、いろいろ思いを深めながら、関わりつづける人事である。 

 農業とはなにか、結構根本的なことを、そんなところから思うことが多い。

 毎日田畑に出掛けているおばあちゃんたちやっていることは、小規模とはいえ昔からの集約的農業で、日常生活のなかで展開されている。
 畝もキレイな直線だし、雑草はない。ピカピカである。いろいろの作物が次々と収穫される。さぞ気持がいいだろうし、楽しいことだろう。
 田畑は一種の芸術作品であり、あまり消毒もしないだろうから、健康にもよく、家族からも喜ばれているだろう。なによりも、生き甲斐となっている。穏やかな顔の人が多い。
 土日だけに大型農機具を持ち出して一気呵成に量的作業を終わる人達とは、その内面というか、農業との関わりでは、明らかに違うものがあろう。
 
 いまこそ農業復興というのならば、あの高齢ご婦人たちが日々楽しんでやっている農業をこそ、公的に推進すべきであろう。行政の肝いりで、換金率の高い単品作物を商業的、工業的に、機械力やら販路やらをもっている組織やらに託し、資金援助までして推奨することには、疑問がわくものだ。専業農家が育んできた「本来」の「農業」を忘れさせてきたのが、近代農法以降の事件ではなかったのか。
 
 食物になる植物を育て、その生死にフルコンタクト的に付き合いつつ、人間の命を培う食物をつくる。その周囲では、多くの雑草やら虫たちの生死も積み重なってゆく。そんな農業という営みのなかで、人はいろんなことを学べるし、癒されもし、諦観も得、いろいろ豊かにもなってゆくはずだ。

 イノシシ対策をしなくては…とにしのさんからの伝言があった。明日、雨が降らなかったら、電柵を張ることになりそう。
 

 ▼21日夕方、13夜の月。
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Author:さんぺい
 毎日2時間ほど田畑にゆきたいな…

 不耕起水田で多品種の稲を育てていますが、機械なし、人力のみで、どこまで稲作ができるかの実験中でもあります。

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